昭和46年12月01日 月次祭
今後余す所今年、今月一と月で46年と云う年は終わりであります。いわば最後の何かにの上に、締め括りのおかげを頂いて、おかなければ出来ない月で御座います。一年間を例えば振り返って参りまして、十一ヶ月の信心を思うて見まして、確かにしっかり信心の稽古をさせて頂いた積りである。月次祭度んびに、必ずお参りをさせて頂いた。朝晩の御祈念にも、お参りさせて頂いた。御用もさせて頂いた。
ですから、やはり信心は確かにさせて頂いたのですけども、信心はさせて頂いたのだけれども、どうもその答えと云うのがです、今月今年の一年最後の締めくくりになって答えが、例えば有り難い答えが出て来ないとするなら、私は此処に十一ヶ月の間の信心を、反省して見なければいけない。振り返って見なければいけない。勿論振り返ると、あれもおかげであった、是もおかげであったと云う、おかげは沢山頂いて来た。
けれども果たして、その頂いて来たおかげに対して、どれだけの、信心が進んだか、どれだけ神様になら、喜んで頂く信心がでけたか、神も喜び氏子も喜びと仰るが、私共は有り難い十一ヶ月であったけれども、神様が果たして喜んで下さる様な、今年であったであろろうかと振り返って見ると、実に相すまん事のほうが多いのです。其処で其処ん所をお詫びをさせて頂いたり、まあ是から一月あるので御座いますから、ね。
この一月をまあいわば水も漏らさん信心させて頂いて、有り難い四十七年度を迎えたいと、まあ思いますまた皆さんの願いも、そうであろうと思うのです。ね、其処でね其処で、私は此の十一ヶ月の信心と云うものを、一つ本気で振り返えらして頂いて、いけなかったと思う所をお詫びさせてもらい、足りなかった思う所を足さ頂いて、今月一月に掛けさせて頂く信心と云う物が、大事ではないかと言う風に思うのです。ね、まだ三十日間あるのですから、ね、詫びれば許してやりたいのが親心じゃとも仰るし、ね。
今朝から福岡の古屋さんがまあ毎朝、朝の御祈念に参ってお見えになられます。秋永先生の車に便乗して、参って見えられるです。ご主人があんなまぁ大病を患らっておられて病院に入院しておられます。それでまあ一心発起今まで思うても見なかった福岡から合楽までの朝参りと云う様な事を、それこそもう長年、此処に御神縁を頂いておられているけれども、とてもそげな事は出けんと、思うておったものが、ね。
毎日お参りが出来る様になった。もう最近それは有り難い有り難い、もう主人の横に入院しておられる○○さんの事を、祈らずにおられん願わずにおられんと云うて、毎日お届けがある。昨日は病院の行った帰り道に、ちょっと、保険の外交をなさっておられますから、生の松原と言う所がありますね、あちらを通らして頂いたとった所が、もうその有名なあの松が、もう皆枯れかっかておる。それを見たらもう天地の親神様、金光様と云うて祈らず、願わずにおられなかった。
どうぞ生の松原の松の生き返るの御願いと云うお届けが、今日ありました。信心ちゃね自分の心が少し神様に向って参りますとです、もう其処からね、神様に喜んで頂く信心が、もう期せずして出来て行きよるとです。自分の事だけだって、だって、つ一杯であった。いや現在、本当に自分で持てない程しの、難儀を抱えておりながらもです、自分の心が神様へ向うと、今まで出来なかった、とてもでけんと思うておった、福岡からの合楽へかけての朝参りが、でける様になった。
なったら、ね、自分の周囲のだれかれの難儀の人達の事を、願わなければおられない心が生まれて来た。いいや、人間だけではない、生の松原のその松の木、一本一本の上にも、祈りを懸けさせて頂いて、生の松原の松の木の生き返りのおかげ御願いと云う、お届けに書いちゃった。お初穂に、ね、天地の親神様にお縋りするよりほかには無い、ね、例えば私が、古屋さんに言うのはです、そう云う果たして信心が出来たかと云うのです。自分の事の為に、朝参りも出来た、ね。
一生懸命御用もさせて頂いたが、果たして神様に喜んで頂く是はと、思わして頂ける様な信心が、出来たであろうか、ね、そう云う例えば日々、繰り返して頂いておりますが、そんな訳で病院に行ったり、その朝は、そんな事のお参りであったり、家には九十からのお婆さんを抱えておられる事であるし、ね、保険の外交の代理店の様な事をやっておられます。今月先月、先月は何千万と云う、あの責任額と云う物がです。
とても出来ないと思っとたのが、ね、何百万かオーバーして、もうその所長さんに大変、喜んでもらったと言うて、今日お届けがあっとります。不思議な事ですよね、がつがつで一生懸命走り回っておる時には、今年今月はこがしこしたらじゃった、まぁ無理から無理を重ねとった所が、そら願い一心発起したのは、主人の病気からであったけれども、ね、長年のやっぱ信心ですから、其処に分かる所が分る、いわば気付かせて頂く所は気付かせて頂く、一生懸命の信心が出来る様になった。
主人の病気の上にも、いわば、医者がたまがる様に、医者が首ばっかりひねっておると。二十四日に日には、先月二十四日には、どうでも手術でなか、手術をするはずの、手術の準備まで出来た、出来ておったものが、二十三日の晩に、まんじりともせず、そのお医者さんがね、何かを考えた、ち云う。ね、そして、古屋さん、お宅のご主人の、は、一月だけ、延ばす事にしましたと、云う事になって来た。ね、
さあ、一月後、どう云う事になるやらそれは分かりませんけども、其処に神様のいわば、変わった事が起って来たら、有り難いと心得てと仰る、もう変わった事がすでに起っておると、言う風に感じます。そしてどうぞ、残されておる主人の大事な御用がいくらもありますから、ね、その御用をさせて頂かなければならない、として、一心に願っておられる所がです、所謂あの人の事も祈らなければおられない、所謂、こう云う事まで、神様にお願いし、おすがりする心が、心ん中に生まれて来たと云う事、ね。
今朝も有り難い、有り難いと思わせて頂いておるうちに、うとうとされた、そしたら、夢とも御心眼とも分らん様な、一節のレンコンを頂かっしゃった。ね、こうしてみて見た所が、穴が詰まとる、れんこんは穴がほげて向こうが見える、ね、れんこんのお知らせと云うのはです、ね、例えば私共がいかに一生懸命したと云うても、私共のこと、人間のこと、何処にお粗末やら、ご無礼やら、御気感に叶わぬ事がどもやら分らない、ね、けれども私共が一心の情と云う物が、神様に伺うて、ね。
神様がいわば、れんこん食うて下さる様なおかげが受けられる、と云う事だと。けれども、まだむこ先が見えん、ちっとっばかし、泥がつまっとる。是が今月、古谷さんにかけられる信心であろうと私は思うた。ね、向こ先が見えなければ、れんこん食うておるおかげにならんです、中に泥が詰まっとたんじゃ、だから此処までは頂いておる。れんこんのおかげを頂く所まで頂いちゃる。だから後は是をすとすとするごつと、なかの泥が取れる様な所までの信心を工夫される事で、にならなければならんのです。ね、
其処で私共は、十一ヶ月と云う間を、まあ云うならば迂闊に、信心はさせて頂いておった積もりだけれどもと云う、積りの信心がです、ね、はっきり其処に手答えがある、おかげの実証がある、ね、有り難い締め括りが出来けると云う、おかげを頂く為にです、十一ヶ月の信心を、反省させてもらい、振り返ってみて、ね、もう詫びる所を詫びさせてもらい、そして精進せてもらう所を精進させて頂くおかげを頂かなければならんと云うので御座います。今からでも遅くない、ね。
私は今日只今皆さんにどう云う事をお話し聞いて頂こうかと思うた。そしたらね、こう、こんなに斜めになった山の様な所に灯篭がずっと立っている。皆それには光がある点っておる。その灯篭のね足元から土が全部、こう削り取られた様に崩れている所を頂いた。ね灯篭はしゃんとして立っておる積りである。明かりも点いてあるのであるけれども、足元が崩れておる事が分らない。所謂私が今日今朝からも頂いた。ね、信心させて頂いておる積りとか、こうさせて頂いておる積りではいけない。
今晩もやっぱり其の事を頂いた。確かに信心せさせて頂いて、立派にたっとる。ね、立ち行きのおかげを頂いておる。心に信心の喜びを頂いとる。まぁ言うなら明かりも付いておる。ね、だから自分も立っておる積りだけれども、ね、足元から崩れて来る様な事は無いとも限らんのですから、もう一辺、十一ヶ月の事なら、十一ヶ月の事、自分の足元なら足元の事をです、手元のとこをもう一辺見直させてもらい、改めなおさせて頂かなければ、いけないと云う事だと思うた。
それで只今の様な、話を聞て頂いた、頂いておる訳であります。どうで御座いましょう、積りではいかんのですよ。それこそ、熊の魚取りじゃないですけどもね、魚取りは中々名人です、ほいで笹にさしてそれを担いで帰る。山ん着いた時は一匹の魚も、是には付いていなかった。獲った積りなんです。確かに獲った竿にさした、笹にさした間では間違いなかったんですよ。締めくくりをしなかったから、山を上る間に、ちゃんと何時の間にか、抜け落ちてしまっておった。着いた時には何にもなかったと云う、ね、
私は此の十一ヶ月をです、そう云う事であってはなりませんでしょう。けれども此処ん所はです、そこに気付かせて頂いて、反省させてもろうて、信心させて頂いた事だけは事実なのであるから、ね、そこの信心をもう一辺検討したり、ね、反省したり、または、お詫びをさせて頂いて、さあ、今月一月を、本気でお詫びの信心にまた、一年中の締めくくりのおかげを頂ける事の為に、おかげを頂くぞと云う様なです、ね、変わった発心をさせて頂いておかげを頂いて行かなければならんと思う。
中々分っておる積りで中々分らん、今日午後からの奉仕、四時のご祈念前だったでしょうか。上野先生が改まって出てきてから、皆さんもまあ一読も二読もなさったと思いますけども、あの金光大神をご覧になった、お読みになったでしょうかね、皆さんお持ちになっられるでしょう、あの厚い、あれはお道の信心者の、まあ、聖典ですから、ですから教典と同時に、あの金光大神覚書とか、金光大神と云う、あれはどうぞ皆さんが暇ひまに読ませて頂いて、行かなければ金光大神の生きられ方と云う物が分らん。
その金光大神の中にです、学院でも隋分勉強させて頂いて、此処だけは、どうしてもどの先生に聞いても分からないと言う所があった。そいで今日、その事を、まあ、金光大神読まして頂きながら、まあ、朱線か何か引いてあったんでしょう、此処が分らないとこを、だから、此処へ出て見えました。金光大神の中に、神を商法にしてはならない、と言った様な、御教えが御座いますです、ね。その前後に、こう云う事を、「そばをさるな、もりが大事」と云う事があった。
そばをさるな、もりが大事、それはあんたこう言う事じゃろうもん、と私が申しましたら、はあそげなこつですか、私はそばばもういちょは、盛り蕎麦んこつかと思うとった、そげん間違うて来るですからね、大事な事が、是は、あの冗談てんなんてん言う人じゃないですからね、本気でそう思うとった。けどもどうもおかしいから、先生方に皆尋ねるけども分らん、分らんちやっぱ、盛り蕎麦んこつ思ちゃったか分りません。やっぱり傍をさるな、守りち書ちゃる。
もりが大事蕎麦をは盛の良かつが良かちゅう風に書いちゃった。なんか大盛り蕎麦んごと思うとった。皆さんはどげんですか。是はやはり取次ぎ者に対するですね、神様のお傍を去るなと云う事、ね、取次ぎ者はね信者信者じゃなくってね、神様の守が大事ぞと云う事である。神の守が大事ぞと云う事である。はぁそげなこつでしたか、もうどの先生に聞ったちゃ分らん。ね、昨日一昨日は星野教会の記念祭で御座いました。五十五年かね、六十五年かそれはもう寒かった、もうあすこは雪降りじやった。
やっぱ山の上じゃから、もうそれは開けっ放しじゃから、がたがたっ震うてから、もうお腹は三時までも、もおうペコペコで、そいでまた一生懸命でご理解を頂いた。御教えを頂いた。ある教会の若い先生が、講師で招かれておられた先生のお話を頂いた中にです、ね、こうしてお話しさせて頂きながら、実は、皆さん私はこう言う事で悩んでおりますが、此処は、皆さん貴方た方ならどうなさいますか、私は今迷うとります、貴方た方に良い、思案があるならば、良い信心を分っておられるならば。
其処を皆さん教えて下さらんか、と云うお話しがあった。皆さん帰ってその事を話されます。そりゃまぁこうお話しのゼスチャーじゃろう、そんな事はなかと私が申しましたらいいえ、そりゃもう真剣にそう思うとる。それはやっぱそうだったんでしょう、今日熊谷さんが出て見えられてからあちら、ね、昨日から今日考えたあの先生が、奥さんがもう重態である、ね、奥さんはもう医者にはかからんと言われる。
けれども医者に掛かるのが道だ、本当の事だと、ね。其処で病院に入れた所が奥さんが逃げて帰ってきなさった、此の儘ほうからかしとけば、一年半しかもてんと言われた。其処で先生方皆集まって、どうでも病院に行ってくれと云うけれども、もう兎に角生まれ変わった積りで、ね、私は病院には掛からん、金光大神のお取次ぎによって、おかげを頂くと言い切られる。主人として私は、どう取り、どう云う道を取ったら良いかと云う事だったらしいです。その話を聞いて、北野の堤清さんが思うた。
はいはいとよっぽど手を上げよかち思うた。合楽で頂いとるとは、こうですよ、と言おうかと思うたけれども、まあ遠慮したと言われるが、やっぱ実感だったらしい。熊谷さんも朝のご祈念に参って見えて、先生昨日から、一昨日からその事をずっと思わせて頂いて、本当にあの先生が、気の毒な、可愛そうな、どうでも一辺、合楽にご神縁を頂いて、合楽の先生のご理解でも頂いてご覧んになりませんかと、手紙を書こうと思いますがどうでしょうかと、云う事であった。
切実にやむにやまれん、人が助かると云う事なのである。ね、けどもそれは本当にまあ真心であろうけれども、まあ言わずに願うと云う事をですね、まあ一心にその先生の事を奥さんの事を願われたら良かろう、まあ手紙を出すのはまぁちょっとまぁ控えなさいと申しましたぐらいにです、真剣に説教台の上から信者に求められたと言う事である。ね、昨日月末の月末の御礼をさして頂いて、何時も此処で信心のお寄りを致します。丸く輪をかいてちょうど、椛目の青年会から帰って参りました。
若先生が据わってすぐそれを言うんですよ。僕は昨日星野に行ってから、よっぽどその先生を合楽に、僕も連れて来たいと思うたち。その難儀に直面しておる事実を聞いてですね、そして僕はしみじみ思うた事はです、師匠を頂いておると云う事はなんと有り難い事であろうかと思うた。ね、分からんとこがあれば尋ねる、尋ねれば教えてくれる、しかも明確に教えてくれれる所があると云う事はなんと有り難い事であろうかと。
上野先生が一年間,学院で勉強して、此処の解からないとこを、どの先生にでもお伺いしたんだけれども、どの先生でも分からなかった、そして結局は、大盛蕎麦の事じゃろう、と云うぐらいにしか解からなかった。いや本当そげん云うた先生、私は盛り蕎麦んこつかと思うたち、ちから、先生が言いましたよ、今日。ね、そりゃ、大盛蕎麦でん良かろうとは、良かろうばってん、それじゃやっぱおかげは受けられん、腹だけは大きゆうなるかもしれん。ね、是は教師に対して、ね。
いわば、ね、商売の様な気持ちで子御kに座っちゃならんと云う事、同時に此処をあけてはならん、と云う事、取次ぎ者は。傍を去るな、と。ね、守が大事ぞと仰った。ね、だから、此処に座っておってただ信者ば、参るのをまっとると云うのは、商売と同じ事じゃ、ね、商売人がはあお客さんが、参って来なさらんじゃろうかと思うて、お客さんを待っとる様なもんじゃ、だから座とるだけでもいかん、傍を去るな、だから此処に座っとるだけでもいかん、ね、守が大事だと言う所なんです。
神様の守がでけなければ出けん此処に座っとるなら、ね。是も丁度午後の奉仕をしておる時に、青年会長の嘉郎さんが、お届けがあった。元旦の元旦祭を終わって、毎年此処の恒例になっとります、若い青年の方達ばっかりで、バス一台を借り切ってご本部参拝を致します。その時にパンフレットが出来上がった、それで準備をしなければなりませんので、去年はあのこうこう頂いただから今年も何か一言、神様のお言葉を頂きたいと云うて、そのパンフレッットの原稿を持って、此処へやって参りました。
それでその事を私、神様にお願いをさせて頂きましたらね、求道と云う事、求道と云う事は、道を求めると書いてある、ね、求道とは神の求めに応える事ぞと頂きました。求道とは神の求める、神の求めに応える事だと私共が。意味が分かるでしょう。お互いがこうして求道生活をしております。ね。求道の生活例えば、学院先生になりたいのに一年間一生懸命、所謂求道の生活をする訳なんです。道を求めて修行する訳なんです、そん為には例えば朝早起きも良い水行もする、様々な修行をして見る訳です。ね、
其処からです修行しなければ、分からない物が分らしられて来る訳です。今日も私夕食の時に愛子がおかゆをしてくれました。ここ三、四日無期限の断食に入っとります。もう神様から許されるまでは頂かんと云うのです。ね、そしてまあおぼろげながら分からせられる事はと云うておかゆをしながら私が話すんです。ね、本当に今月今日で一心に頼めいと仰るが、ね、それこそ、断食から断食を重ねさせて頂いておるとです、もうそれこそ今月今日只今と云う物をです、祈って行かなければおられないと云う事、ね。
今月今日只今と仰る事は、こう云う事では無かろうかと、自分の心を神様へ、もうそれこそ、人間が食を断つと云う程、難しい、厳しい事はありますまい。しかもです、ね、一週間とか十日とか日を切ってじゃなくて、神様に許される迄は頂きませんと云う覚悟の元にです、やらせて頂いておる。とても、こげな事は自分では出けんと思った所が、おかげで段々出来ていきよる。今朝からのお夢の中にもです、ね、深ぁい谷が有る、もうとてもこの谷を超えて行く事は出来ない。
けれども越さなければならない、と一生懸命その道をその川を上って行きよると少しこう渡り良い所があった、其処から渡らして頂いた所が、また突き立つ様な山である。其処には、鋏みが沢山こうさしてある。その鋏みに掴んで登られると言った様な感じ、鋏みと言うこ事ちょきん。貯金と云う事はお徳の道すがら、ね、所謂その足掛り手掛りなのであります。ね、とてもこげな山には登られまいと云うて、下から手をこまねいとっただけじゃ、絶対上れませんよ皆さん。
けれどもね、本気で登ろうと云う気になってご覧なさい、必ず手を掛ける所が必ずある、足を掛ける所が必ずある、此処はと思いよると、蔓が這うて来たそれに縋って、登って行けれる。私はそんなお知らせを頂いた事があるが、本気で私共が金光大神のお取次ぎを頂いて、ね、例え、本気で私共がさせて頂こうと云う気になるとです、登り道は必ず付いて来ると云うのである。ね、そう云う修行をさして頂いて、まあ三日目か四日目でしょうが、そう分からせられる事は、今月今日で頼めと言われる事がです。
ただ唱え言葉の様に唱えて居るのじゃない、やはりね、もう是は私共の家内ですら、其処ん所を云うております断食しとる時には、今は元を離れて良かごとしとるけれど、断食しとる時にはもう、親先生おかしいごたあるけれども、側におられなければおられません、と云うておりました。 断食の時には所謂そばを去られない訳です。側に力のある人の傍におらにゃおられんのである。縋がらにゃきゃおられんのである。
今月今日じゃない、今月今日只今を、生神金光大神と唱え続けなければおられないとは、こう云う事であろうかと、言うております。ね、ですから本気で私共がね、その修行に取り組ませて頂くと云う事、とてもそげな事は出来けん、と言わずに、本気でお取次ぎを頂いて、ね、やらせて頂こうと云う決意をさしてもらうと、其処から道は付いて来るもんです。ね、果たしてそう云う様な信心がです。
十一ヶ月の間に出来ておったであろうか、古屋さんが例えばご主人の為に、お参りを始められた、そしたらね、さあ周囲の難儀な人の事が目に付いてきた、その人の事を一生懸命、お取次ぎを頂いて、願わなければおられない事に成って来た。松原を通ったら松が枯れておる、この松も天地の親神様のおかげを頂かなければならない、どうぞ、生の松原の松が、どうぞ、生き返りのおかげを頂く様にと云う願いがなされる様な物が生まれて来た。不思議な事、信心とは、ね。
私は神様が喜んで頂く信心とはね、私はそれだと思うんです。ね、そして分からない所にあったったならばです、上野先生じゃないけれども、ね、若先生じゃないけれども、師匠を持っておると云う、有り難さ、お伺いをすれば、分からせて頂けると云う、有り難さ、ね、それを合楽では頂いておるので御座いますから、ね、其処の所を確かなものにして、自分のものにして行ってです、おかげを頂かしてもらい。
今日只今、私が頂きますょうに、立っとる積りである、信心をさせて頂いておる積りで、明りも点いておる積りであるけれども、足元から崩れて来る倒れたらどうなります、足元の所をもう一辺、本気で見直させて頂いて、ね、この一月間と云う物をです、ね、もう本当に水を漏らさん信心をさせて頂く心を、構えをですね、作らせて頂ければならんと思うので御座います。愈々親教会の記念祭が、明日明後日三日の午前十時半から御座います。今日は此処から弘道先生、光昭幹三郎三人で御用に参りました。
私は、今日、帰ってきて話聞いて有り難いなぁと、思った。今日はまあそのあちらのご信者方が見えてなかった。だから親先生が「光昭君あんたご神前のお掃除」ち言われた。おかげ頂いた。それから幹三郎君と弘道先生は、あの奥城をいっちょ洗うちくれんの、ちはあ今日は一日がかりで、奥城を磨かせて、この寒いのに始めの間は寒かった、冷たかったけれどももうそれこそ、有り難い一杯で一生懸命、奥城を水道を引いて二人で洗ったち、もうお祭りの前にどうでもこうでも誰かがしなければならない。
しかもその奥城を清めさせて頂く事、又は、ご神前を清争させて頂く事をです、合楽のあんた達が、おかげ頂いた、そりゃおかげ頂いたなと明日また、早うから、おかげ頂かんならんよと、まあ、申しております様な事で御座いますけれども、ね、私共もどうぞ一つ、おかげを頂かしてもろうて、合楽から百名ぐらいはお参り頂けるじゃろうと言うてから、まあ当てして御座います。どうぞ皆さん、それこそ誘い合わせて、せめて本当に、百名ぐらいはお参りしたい。
福岡あたりんでも小倉あたりんでも、バスで借り切りでお参りするくらいで御座いますから、もう親教会の一番側でありますとで、あまりこう盛り上がりがない様な感じが致します。ね、お初穂はもうどうぞ今晩でも、明日でも出させて頂いて一緒に纏めてお供えさせてもらいます。そしてご迷惑ですけどもあの久保山さん所で、皆一同勢揃いをさしてもろうて、そして十時半のお祭りに間に合う様に、お参りさせて頂きたいと思いますから、どうぞよろしゅうお願いいたします。
昨日私がお礼に出ましてから、何時も案内がきよったのに、案内がきませんから、案内を下さいち言うたら、もうそげん、内内じゃから、案内はいるまいもんち云う様な事を言われました。そりゃそうばってん、もろた方がこう、良いごたあるけん、と思ったけれど、ですから、もう案内を、皆さん一人一人が頂いたと思うて、どうぞ三日の日は、お参り頂きたいと思います。
どうぞお願い致します。おかげ頂きました。